風の無い月曜の夕方に立ちっぱなしで

たとえば、地球のことを知らないエイリアンに「ラーメン」を説明するとしたら、どんなふうに言う?「弟子」の成り立ちとか、いやいや、そもそも地球や日本についての説明から始める?

たとえば、地球のことを知らないエイリアンに「ラーメン」を説明するとしたら、どんなふうに言う?「弟子」の成り立ちとか、いやいや、そもそも地球や日本についての説明から始める?

雲の無い月曜の日没は散歩を

ここ最近は、海辺に釣りにおもむいていない。
日々の仕事で大変あわただしく行けないというのもあるけれど、ものすごく暑くてきついから、出かけづらいのもある。
それに、帰り道によく行く場所を見学しても魚をかけている様子がないから、楽しみにして出かけたいとは思えない。
すごく多くあがっていたら行きたくなるのに。

怒って吠える君と花粉症
どこか普通の生地は安い物がない。
わが子が幼稚園にもう少しで行くので、袋が必須とはいえ、なんだか仕立てるために必要な布が金額がいった。
特に、固有のキャラクターものの裁縫するための布なんて、めちゃめちゃ金額がいった。
見たら、柄がきれいなキャラクターものの裁縫するための布がすごく価格が高かった。
必要な形のの本入れやボール入れを購入した方が早いし、安価だけれど、へんぴな所なので、みんな、手作りだし、隣近所に販売していない。

勢いでダンスする彼女と私

友達のアパートのベランダで育てているトマトは、不運なミニトマトかもしれない。
ぎりぎりまで水を与えなかったり、なんとなくミックスジュースを与えてみたり、だし汁をあげたり。
泥酔の私たちに、カシスウーロンを飲まされたこともある。
育ての親である友人は、今度興味でトマトジュースを与えてみたいらしい。
すでにミニトマトの心は全く関係ない。

湿気の多い金曜の夜明けは歩いてみる
ここまでネットが必需品になるとは、子どもだった私は予測ができなかった。
物を売る店はこれから競争化が進むのではないかと考える。
PCを活用し、一番価格の低い物を発見することができるから。
争いがピークになったところでここ最近で目立つようになったのがセミナー起業や情報商材だ。
もはや、手段が売れるようになっていて、何が何だかピンとこない。
手段と目的を取り違えてしてしまいそうだ。

騒がしく自転車をこぐ子供と紅葉の山

いまどき珍しく、私の部屋は、冷房も暖房も置いていない。
よって、扇風機と冷たいウーロン茶を片手に仕事をする。
一週間前、扇風機をどかそうと思いつき、回転しているまま抱えてしまった。
すると、扇風機の歯車が止まったので「おかしいな・・・」と考え、よく見た。
ビックリしたことに、回転に支障を出しているのは、まさに自分の人差指だった。
怖くなって手を放すと、また元気に回転を始め、自分の指からは出血した。
痛みもなにも感じる間もなかったが、気を付けなければと考えた。

陽気に歌うあの人と私
あまり、テレビドラマは見ないけれど、このごろ、それでも、生きていくを逃さずに視聴している。
加害者の親兄弟と殺された小さな子の家族が会うことになってという流れで、通常は起こるはずがないストーリーの流れだと思う。
殺された小さな子の家族と犯人側の両親と妹のどちらも不幸にあっている内容が出されている。
内容の雰囲気は大変暗いけれど、しかし、色づかいはきれいなようにされている。
花や緑や自然の映像が非常に多く使われていて、牧歌的できれいな映像がとても多い。
これから、話がどうなっていくのか想像がつかないけれど、ちょっとでも救いがある内容になっていたらいいなと思う。

雲が多い月曜の深夜は料理を

とある真夏の午後。
少年は外で、蟻の行列が虫の死骸を運んでいるところを観察していた。
アリ達は一所懸命に動き回っているのだが、虫の死体ひとつでこんなにも大量のアリがいても、意味が無いんじゃないのかと、少年はいぶかしんだ。
少年は、アリ達を泥で埋めたらどうなるだろう、という好奇心に駆られた。
だが、今日は単純に観察し続けることにした。
とても暑い日だから、少年の汗は頬を伝い、雫となって地面に落ちた。

目を閉じて口笛を吹く父さんと突風
遠い昔の学生時代、なんとなく見た映画が、ビフォアーサンライズというもので、日本名は「恋人までのディスタンス」という。
父に、「感動すると思うよ」と勧められた物語だ。
旅の途中の列車の中で偶然出会ったアメリカ出身の、イーサン・ホーク演じるジェシーと、フランス出身のセリーヌで、少しだけウィーンを旅するというもの。
この作品の面白いのは、これだ!という問題発起とか起承転結の点の部分など、見えないという点。
会ってすぐという一組の男女は、恋愛観、そして、生きる事や死ぬことなどについてひたむきに考えを述べる。
まだ中学校2年生だった私は、経験不足で幼く、退屈しながら見た物語だった。
といいつつ、この前、たまたまDVD店で目に留まり、これはあの時のと思い借りて再び見たところ大変感動した。
一番は、レコード屋でkath bloomを聞きながら視線を投げあうところ。
2人の帰国の際、要は、別れのシーン、そこで最後を迎える。
その時は心に響かなかったこのストーリー、時を隔てて見ると、また違った見方ができるのだろう。
その感覚を味わった後、KATH BLOOMのアルバムを、アイチューンで探し、聞きたい。

一生懸命体操する君と濡れたTシャツ

今日の夕食は一家そろって外食なので、少年は下校の時、思わずスキップしてしまうほど嬉しかった。
何を食べようかな、と出発前からいろいろと思いを巡らしていた。
ハンバーグやカレーライス、ソフトクリームやチョコパフェ、なんてメニュー表には何があるのかとても楽しみでもあった。
今回は近くにある和風レストランだ。
お父さんが運転してくれている車はじきにお店に着く頃だ。
お母さんは助手席でお父さんとお喋りしている。
お姉さんは少年の隣で、携帯電話をいじっている。
少年は車のドアを閉めると、ドキドキしながら入り口を真っ先に開けた。

ひんやりした仏滅の昼は友人と
小説家、太宰治の斜陽、好きの私は、海沿いの安田屋旅館に宿泊に行った。
連れとして本大好きの恋人。
こちら安田屋旅館は、作家の太宰がこのストーリーの一部を集中して執筆するために滞在した宿。
一歩歩くと、ギシッと、響く。
宿泊のついでに見せてもらったのが、彼が宿泊した二階の小さな部屋。
富士が半分、顔を出していた。
道路を渡ってすぐの海には生け簀が張ってあった。
この辺は足を運んだかいが大いにある。


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